je2egz’s blog

ごろごろなう



北海道へ陸路で行こう

北海道へ行くのは、太平洋フェリーか、日本海フェリーが多い。

そこを、無理やり陸路で北海道へ行ってみた。

朝早く自宅を出る。
ひたすら東名高速を走り、首都高をなんとか通り抜け、京葉道路から茨城の海岸に出る。
おすすめは、田の上キャンプ場である。
海岸そばにあり、夏でも我慢して寝ることができる。

まだ明るいうちに、ショッピングセンターの場所を聞いて、夕食、朝食を仕入れる。
その日は、キャンプ場のシャワーで我慢する。
初日だから、早寝するといい。
なぜならば、絶好の日の出を見ることができるからだ。

太平洋に上る豪快な日の出をみてから、キャンプ場を出発する。

最寄りの高速乗り口から東北道に乗る。
日程に余裕があれば、一般道で行きたいところだが、まだ震災の復旧を妨げないように高速に乗ってみる。

福島を抜け、仙台を素通りして、終点八戸まで高速を走る。
八戸で降りてみると、いかにここが涼しいか体感できる。
海流の関係で、ここは夏休みでもアジサイが咲いていることがある。

おすすめは、種差キャンプ場である。
種差海岸を目指して行けばたどり着けるが、もうキャンプ場の受け付けは閉まっている時間につく。
トイレ、炊事場のそろった、海岸を見渡せる芝生で好きに場所のとれる、日本一のキャンプ場である。
冬は知らんが、、、
受け付けから台車を借りて荷物を気に入った場所に運び、存分に寝ることができる。

夜中にこっそり炊事場で体を洗おうとしたら、なんとバックパッカーの女性軍団に裸を見られてしまったが、
こっちもおもいっきり、十年分若い女の子の裸を見てしまったので、後悔はない。
でも、その女性軍、フランス語で夜中まで騒いでいたので、変な夢を見てしまった。
パリコレで、モデルがどんどん服を脱いでいくという夢であった。

ちょっと寝不足でも早起きして日の出を見る。
もっと早く起きて漁に出ていた船が、日の出を背景に帰港する風景は日本ならではである。

裸を見られてしまった女性軍が起きてくる前にキャンプ場を出る。
利用料金は、受け付けの隣に早起きのおばさんがいるので渡しておけばいい。

ここからは、一般道で下北半島を抜けて大間を目指す。
急ぐことはないが、大間からのフェリーは行ったもの勝ちなので、早めに大間に向かう。
ここで忘れてならないのは、道中スタンドを見かけたら、ガソリンを入れておく。
でないと、時間によっては、函館でガス欠になるからだ。

夕刻に出るフェリーに乗れる。
見送りがいっぱいいるのは、ぎりぎりに来て満員で乗れなかった連中である。
見送らずに青森まで走れば、最終に間に合うときもある。

カモメが函館までついてくる。ご苦労さんと声をかけよう。

さあ、はるばる来たぜ函館。
そこからの行程はご自由に。

つまり、二泊三日で陸路で北海道に行ける。

帰りは、以下のとおりである。

函館から大間のフェリーも、シーズンによっては乗り残しがあるので、早めに乗船する。
その前に絶対に忘れてはいけないのは、ガソリンを満タンにすることである。
大間に着いた頃には、大間のガソリンスタンドが閉まっているので、そのまま大間で朝を迎えるか、
ガス欠覚悟で南下するかである。
南下すると、ちょうど野村海岸で寝る気になる。
野村海岸は、普通の海岸でキャンプ場ではない。

この際砂浜でキャンプしよう。もう帰るばかりだから。
そこからは、各自の自宅に帰るだけだけれども、一度この野村海岸から能生海岸までの777kmを
一日で走ったことがある。よく無事で行けたものだ。
能生海岸キャンプ場は、管理の行き届いた今風のキャンプ場である。
しかしながら、いかに野村キャンプ場を早く出ても、能生キャンプ場に着いた頃には受け付けは閉まっている。
それでも温水シャワーが使えるのが能生キャンプ場である。二日分洗った。

東北は縦に長い。
その間には野口英世の生家も宮沢賢治の足跡もあるが、今見るのであれば、撤去されずに残った、
「明るい未来の原子力発電」
のプロパガンダのモニュメントである。

三陸海岸を走ると、忽然と原子力発電を讃える看板が現れ、その次に下請け業者の飯場があって、原発がある。
東京のエゴを、一手に引き受けるのが東北である。

ぜひ陸路で北海道を目指して、三陸の悲惨を二度と起こさない決意を固めていただきたい。